[考察・感想] 境界線が意味する線引き [amazarashi 境界線]

amazarashi

境界線

こちらの楽曲の感想、考察になります。

各種歌詞サイトのリンクを載せていますので、見やすいサイトで歌詞を見ながら見ていただけると幸いです。

それでは

前書き

 こちらの楽曲ですが、タイアップ曲となっています。

テレビアニメ「86-エイティシックス-」のオープニングテーマです。

作品のあらすじを見た感じでは、立場の違いによる線引きが描かれているところがあります。

アニメを見たことがないため、今回はアニメとのリンクは考えずに、

楽曲とMVのみに注視した考察・感想

としてまとめていきますので、よろしくお願いいたします。

アニメを見ると新たな発見も出てくると思われますので、今後チェックしてみたいです(´▽`)

境界線は仮想か現実か

1番

「境界線/amazarashi」の歌詞 って「イイネ!」
「どんな風景その目に映した 星が灯った最…」勇気をもらったり、泣けたり、癒されたり…、この歌詞をチェックしてみて!人の心を打つ「言葉」がぎっしり!

 MVは最近流行りのバトルロワイヤルゲームがモチーフになっています。キャラは「どうぶつの森」みたいなデフォルメキャラですが、やっている内容はハードな感じです…笑。

さらには、ゲーム内で倒されてしまうと、現実世界の自分の存在も消えてしまうデスゲーム。

ハードな命のやり取りまで行われているようです。

 

バトロワゲームがモチーフなこともあり、戦場を連想させる内容がサビまで続きます。

MVの内容から見れば、戦場の様子のイメージですが、サビまで入ると少し解釈を変えることもできそうです。

現実世界における社会の生きづらさ。そんなものを「戦場」のイメージと「ゲーム」をモチーフにしているとも考えられます。

 

タイトルにもなっている「境界線」

このワードの存在感が楽曲の中でも大きいです。

境界線。いわゆる一定のラインの違いがMV内でも、歌詞の中でも登場してきます。

MVでは、

ゲームの世界
ゲームをしているプレイヤーが生きる現実世界

ゲームをしているプレイヤー
ゲームをしているプレイヤーを見ている存在

そういった対比が描かれています。

緊迫した世界におけるこの立ち位置の違いが、聞いているリスナーともリンクしてくるようになってきます。

 

サビの部分では、常に戦うことへの問いのような内容が続きます。

MVの中でのゲームは、大量にプレイヤーが用意されていることもあり、どこの誰の記憶に残るわけでもなく、戦い続け、いずれは消える。

それがわかっているのにもかかわらず、消えるわけにもいかないし、あきらめるわけにもいかない。(命がかかわっているということもありますが、外から見ているユーザーからの監視で逃げ出すこともできない状況になっているとも考えられます)

存在意義の証明を求めて、わずかな光に希望を灯す。

 

現実世界の競争社会にも同じ内容が重なってきます。

現実でも結果が出なければ、忘れ去られて終わってしまいます。

それでも結果を出そうと動くのは、自分のステージを上げるため、お金を稼ぐため、生きるため。

内容はそれぞれでしょうが、様々な理由があって日々戦っているはずです。

 

ゲームのMVが目立ちますが、現実における別のステージで生きている人への憧れや劣等感も強く感じます

 

2番

境界線 歌詞『amazarashi』- Lyrical Nonsense【歌詞リリ】
amazarashi『境界線』の歌詞ページです。『境界線』は アニメ【86―エイティシックス―】のOP 2、歌い出しは ※ どんな風景その目に映した 星が灯った最後の瞬き 諦観、それも今となりゃ野暮か 夜は暗い 誰も明かりを持たねば 誰も知らない 名付けられない 僕らの火花が 少し照らしたのは 干からびた土 焦げた瓦礫...

闘いの最中で見える景色は壮絶なもの。「こんな風景見たくはなかった」そんな泣き言すらも塞いでしまう、誰かの泣き声が響く状況下に過酷さを感じます

「向こうは怖い」を言ったのは消えていったプレイヤー

誰かが言った言葉が広がると大きく影響をもたらすこと。その影響が時には大きな武器へもなりえること。

残響が人を刺した”というワードからはそういった考えも読み取ることができそうです。

 

善人だから生きていけるわけでない。時には自分の言葉で誰かを落として、それを正しいと信じて疑わないことで正当化してしまう場面。

そんな場面に出会ったことはまだありませんが、人生を生きていく際にそういった場面に出くわし、いつの時代も守るために形を変えることになるのだろうと思います。

 

2番のサビに関しては、1番以上にMVよりかは、聞いているリスナーの世界へとリンクしやすいかもしれません。

打ちのめされて 悲嘆に暮れて 

一見すると、MV内での戦いに疲れた様子にも取れますが、後述として続く、

自分偽ることを咎めるあの声は 
故郷の残像か 己の心か

この内容から、社会に出て本来の自分を偽ってまで生きている自分に対して、咎める声が聞こえてきている。それは、昔の自分からなのか、それとも今の自分なのか。ここも対比ですね。

あの頃の自分に誇れるのか、今の自分は納得できているのか

そういった面で悩むこともありますよね…。

この後の歌詞に関しては、無理やり希望を求めているように感じてしまいます。

Cメロ~ラスト

https://j-lyric.net/artist/a052b38/l0563e2.html 

薄情な決断も、、、

人生でのターニングポイントでどう選択したのか。

それを振り返っています。

今までの間違いへの恨み。

だからこそ、明日は自分を許せる、納得できる今日を作ろう。

そんな決意を強く感じます。

 

戦場で見続けたもの。様々な人たちの様子を目撃しながらどう思ったのか。

沈黙することを選択するならば
僕らは共犯者 人たりえたのか

MVにおいても、主人公のプレイヤーに対して、投げつけられる言葉の羅列のシーンがありました。

何かに対して、沈黙を続けることももちろん可能です。

ただ黙って静観していれば、何一つとして影響することはないです。

でも、その静観が正しいのか。投げるべき言葉はないのか。

そんな風に問いかけているようにも感じます。

 

ラスサビに関してはこの箇所の内容が少し違います。

存在価値はいつだって自分の中 ここに宿る銘々の色
胸に抱いたなら 微かに灯る火が
最後の星空と どこか似ていたんだ

サビのラストの歌詞は、1番2番も共通して同じでしたが、ここでは内容が変わっています。

存在意義”という言葉を今まで使っていました。

存在意義とは、

ここに存在しているということの重要性や価値を意味する語

https://www.weblio.jp/content/%E5%AD%98%E5%9C%A8%E6%84%8F%E7%BE%A9

この意味合いから考えると、”存在価値”という言葉に置き換わったのは、より表現が明確になったといえます。

MVでも主人公の大きな行動によって、ゲームの終わりの瞬間へと進みます。

ボヤっとしていた表現が明確になることで、行動への決意の大きさがより深く表現されていると考えられます。

今までは希望を探していましたが、ここでは自分の中の光が、

”最後の星空”今までの自分がイメージしていた光 

それと”どこか似ていた”雰囲気をつかむことができるようになり終了となります。

まとめ

 MVの最後は、2週目を告げるカウントと同時に画面にヒビが入ります。

はたして、脱出できない2週目が始まってしまったのか、それとも終わったのか。

特別な明記はないのでどちらとも言えませんが、主人公はゲームから逃れたのかなと思います。

もともと、ループしていた可能性を考えると、周りに流されながらも決断の上で最後まで残ったので、あのゲームの中の檻からは出ることができたと思います。

 

現状の生活に劣等感を持っている人ほど、この曲への解釈が180度変わると思います。

タイアップ曲なので、もちろんアニメの内容に沿っているはずですし、かなり物語性の強いアニメーションMVにも仕上がっていますので、そちらの内容に重点を置いた解釈も可能です。

どちらかというと、この楽曲が現実世界における”境界線”

そこのボーダーを超えるための楽曲のように思えました。

 

それでは今回はこの辺りで。

ではでは

 

amazarashi 公式サイト

amazarashi
amazarashi official website

 

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